なんていい加減な! by M.N

偉人は思想・アイデアを、平均は出来事を、愚か者は他人について語る E.ルーズベルト

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思いで

出張で新横浜へ

2017年01月26日 · コメント(2) · 出来事, 思いで

昨日は出張で新横浜に行きました。以前よりもかなり商業化が進んでいて、オフィースビルが増えている印象です。といっても20年ほど前と比べてですが。

1990年代の半ば頃、知り合いがはじめた業界人の小さな集まりがありました。月に一回各社で勉強会を開き食事をするというものです。そこには乗り換え検索ソフトをはじめて作ったヴァル研究所の創業者である島村さんや日本語かな漢字変換のエキスパートである国分さん(ワープロ「松」の開発者)、東海クリエイト(現クレオ)の創業者などがいたのですが、私は最年少。とても可愛がって頂きました。

その中に新横浜に本社を置く会社、ウェルキャットがありました。「招き猫」をもじった社名です。新横浜の事務所はとてもきれいで、社内には社員用のバーがあったのには驚きました。その名は

「コード」

そう、ウェルキャットはバーコード・リーダーの会社です。

ダジャレ好きを思い出した一日でした。

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カレーとうどん

2017年01月24日 · コメント(0) · 思いで

週末から風邪をひき、栄養をつけようと冷蔵庫にある食材を適当にぶち込みカレーを作りました。しかし空腹に耐えられず、すぐに食べられるようにとスパゲティを茹でてカレーで食べることにしました。

昔々、米国で生活をしていた頃、カレーうどんのかわりに「カレースパゲティ」を食べたことを思い出したのです。

当時日本の食材は一部の店でしか扱われれいませんでした。スーパーではキッコーマンの醤油やnissinのカップ麺程度はありましたが、うどんなどは到底手に入らなかったのです。そういえば専門店で冷凍の納豆が売られていましたが、とても高価だったと記憶しています。

そういうわけでいろいろと工夫をするわけです。

そんな思い出のカレースパゲティでした。結構いけます。

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寅さんに似ている女の子

2017年01月04日 · コメント(0) · 思いで

年末、あるIT企業との打合せがありました。帰り際ふと見ると、そのビルの隣にはスケートリンクが設置されていました。最後に滑ったのは15歳の時ですが、その光景を見て小学生の頃を思い出したのです。

私が通っていた公立小学校では高学年は年に一度、スケートの授業がありました。学校から歩いて20分ほどのところに屋内スケートリンクがあったのです。意外に思うかもしれませんが私はリンクの上ではスターでした。例えば後ろ向きに滑り、友だちの手を取って滑り方を教えることが出来るくらいでした。

実は同じクラスにはもう一人スケートが上手な生徒がいて、今日はその女の子の話です。

A子ちゃんは北海道からの転校生でした。一言でいうと野生児、ある意味で問題児でした。言葉ではなかなか言い表せませんが、なんとなく外見も性格も寅さん(フウテンの寅さん)に似ていました。お上品な板橋区立北前野小学校の生徒たちにとってはあまりにも奔放に思え、学級会では

A子ちゃんをどうすれば普通にできるか

を「真面目」に議論したほどです。しかしそういう状況でもA子ちゃんはいつもと変わらない反応で、「何も悪くないでしょう」という実に立派な対応でした。

それからしばらくしてイケメン小学生のB君が私に相談に来たのです。

A子ちゃんの住んでいる家を探したいから手伝って
お前の家の近くに住んでいることだけは突き止めたんだ。

そのとき私は思ったのです。

お前もA子ちゃんの魅力を理解した一人か!

正直言ってB君や私だけではなかったはずです。図々しく、自由で、丸い顔(四角ではなかった)、赤いほっぺ、そして太り気味のA子ちゃんに魅力を感じていたのは他の同級生も同じだったはずです。しかしあまりにも一般論としての憧れる対象とはかけ離れていたので、B君以外、その気持ちを表には出せなかったのだと思います。残念ながらA子ちゃんは一年もたたずまた引っ越して行きました。

夕焼けに包まれているスケートリンクを眺めながらそんな日常を思い出したのです。

二十を過ぎて思うのは、きっとご両親も娘が問題児扱いされていることを知っていたでしょう。しかしその一方で可愛くて仕方がなかったはずだと思います。

本当に寅さんみたいでした。

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美しいと感じる

2016年07月08日 · コメント(0) · 思いで, 教養講座, 未分類

大学の先生が「君の大好きな物理学者が亡くなったよ」とディラックの死亡記事を私に渡してくれました。一面の特集記事です。その中に彼の妻が

泣いているのを見たのは一度だけ。アインシュタインが亡くなったときです

とありました。また、彼自身の言葉として

物理学には数学的な美しさがあり、その美しさを理解するには特殊な能力が必要だ

というのもありました。この2つが印象的で、今でもよく覚えています。

力学という物理の「古典」を学んでしばらくしてから、実は運動の方程式と同等な表現方法が他にもあることを知りました。通常は高校で習うように

F = ma (力は質量と加速度の積)

ですが、これと同等な表現として(特殊な例ですが)

物体は運動エネルギーと位置エネルギーの差の時間積算(積分)が最小値(最大値)を取るように動く

というものもあります。この考えを使うと

宇宙のどの位置でも同じ法則が成り立つ=運動量は保存される

宇宙のどの方向を向いていても同じ法則が成り立つ=角運動量は保存される

というような法則が簡単に導き出せます。これを対称性といいます。

ディラックのような一流の物理学者はこの対称性(ある条件が変わっても法則が変わらない)ということにえらく魅力を感じ、物理学を発展させてきました。

そういうわけで私も日常生活では美しさを求めて生きていきたいと思うのです。何故ならばそれが正しい方向へ導いてくれるからです。

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カモの親子

2016年06月18日 · コメント(4) · 思いで

昔々の話です。その頃私は予備校で真面目に講師をしていました。そんなある日、アメリカでお世話になったおばさまとそのお友達が日本に遊びに来たのです。東京を案内するため、私はその予備校から数日休みを取ることにしました。

家庭の事情で・・・2日ほどお休みをください

なぜ家庭の事情と説明したかは覚えていないのですが、家族のように接してくれた方なので、100%嘘ではないです。

そして皇居へ案内しました。ふと前を見ると、何度かニュースで見たことのある光景が目の前に現れました。カモの親子の「引っ越し」です。親カモに列を作って子カモがついていく、あれです。思わず写真を撮り、おばさま方にも説明したのです。

そしてふと頭を上げると私たちから15mほど離れたところにずらりと数十人、報道カメラマンがいるではありませんか。どうも彼らの自主規制であまり近づかないというルールがあったのでしょう。それにしても想像してみてください。数十人のカメラマンに私たち三人とカモの親子は大注目されているのです。それも彼らと私たちの間には何もありません。

そして二日後いつものように予備校へ行くと、

これ、M.Nさんでしょう。ほら。

見せられたのはサンケイスポーツで、大きな写真には私たちが写っていたのです。

多少の言い訳のあと、お願いしてその新聞を譲ってもらいました。ところがおばさまたちに見せようと思ったのですがここで問題発生です。なんと、写真の裏は女性のヌード写真。

裏を黒く塗り、台紙に貼ってごまかしました。

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毎日通った図書館

2016年06月06日 · コメント(0) · 思いで

図書館は実に快適です。夏は涼しく、冬は温かい。静かで暇を潰すには最高です。中学を卒業後、高校に通わず(受験にすべて失敗)ぶらぶらしていた頃も、毎日板橋区立中央図書館に通っていました。

先日久しぶりにその図書館へ行ってみました。建物はその当時のままで、かなりくたびれていました。地下にあった食堂はなくなり、利用者も激減していました。当時は朝から、大学浪人生と司法浪人生でほぼ満席でしたが、最近は年配の方々が利用者の中心のようです。

しかし蔵書は当時のままです。例えば数学や物理だけを見ても、大学レベルの本も揃っています。中卒の私もそれらの本を「眺めて」いつか、理解してやるぞ!と思ったものです。そういう意味で少し難しい本を図書館で眺めるというのは学生にとってはとてもいいことだと思います。

さらに、当時受け付けにいたクレオパトラのようなヘアスタイル(当時の流行り?)のステキなお姉様もいませんでした。いや、当然ですが。

これからも暇なときには図書館を利用しようかと思います。

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ブログ経由

2016年05月28日 · コメント(1) · 出来事, 思いで

以前このブログに書いた「神田はるを」さんの話を神田さんのもと同僚が読み、連絡をもらいました。その方は長い間神田さんと連絡を取っておらず、亡くなったことをこのブログで知ったとのことです。

これがきっかけで来週、神田さんの元上司とその方が久しぶりに会うことになりました。

ネタがなくて悩むこともありますが、ブログをやっていてよかったと思います。

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8トラックカートレッジ

2016年05月20日 · コメント(5) · 思いで

昔々、8トラックというかなり大きめの音楽テープカートレッジがありました。1960年代の半ばから普及しはじめて、その後カセットテープに置き換わりました。子供の頃に1台自宅にありました。台所にプレーヤーがあり、各子供部屋にはスピーカーが設置されていて、子供たちの呼び出し用に使っていました。プレーヤーにはどの部屋に音楽を流すかの制御盤がついていました。(父の自作)私は目覚めの曲としてそのときバッハの無伴奏バイオリン曲を聞いていて、たぶんそれがバッハに目覚めたきっかけです。

さてこの8トラック、正式名称は「Lear Jet Stereo 8」です。リアジェットは以前ここに書いたビジネスジェットの元祖です。そう、リアさんが開発したのがこの8トラックシステムです。(彼が62歳のときです)

彼は自家用機内で音楽を聞くためにこのシステムを開発したそうです。その流れでその後自家用車でも8トラックが利用できるようになり、私の記憶では1970年代半ばまで日本でも自家用車に8トラックが搭載されていました。

そう言えばSonyの家庭用ビデオは旅客機での利用が初期ユーザーの爆発につながったそうです。それまで昔の映画と同じようにフィルムを利用していましたが、その扱いがスチワーデスの悩みの種で、ビデオカセットが問題を解決したそうです。さらにそのビデオを航空会社にレンタルした、という頭の良さです。

 

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博打の現場

2016年04月14日 · コメント(0) · 思いで, 科学的思考

15年ほど前の話です。私はある人から資産家を紹介されました。その人は大邸宅をもち、炉端焼き専用の離れまであるかなりスケールの大きい人です。そのかたが投資していたIT企業の技術的なアドバイスなどをさせていただいていた関係で、何度か食事に招待されていました。

そんなある日、六本木にふぐを食べに連れて行ってくれました。そしてその後、面白いところへ連れて行ってあげよう、ということでタクシーで移動しました。ついた場所はドアとインターフォンだけで、そとからはなにがなんだかわからない場所でした。しかしドアを開けると・・・・そこは賭博場だったのです。

そのときはじめて「バカラ」という言葉を知りました。記憶は定かではないですが、2,30人の客がいたと思います。

その資産家が私に10万円ほど「現金」を渡し、これでプレーするようにといいます。しかし結構潔癖症の私は丁寧にことわりました。すると次に

すごい人を紹介するよ。この人はバカラのプロなんだ。

そういうとおそらく50万円ほどの現金を渡し、彼に勝負するように伝えました。私はからくりがない限りその「プロ」は必ず負けると思い観察したのですが、案の定、10分足らずですべてを失っていました。

そう、博打は胴元以外トータルで勝つことはないのです。これは確率と統計で100%証明されていることです。イカサマをしない限り例外はありません。

そういうわけで皆さん、博打には手を出さないようにしましょう。私は目の前で胴元に吸い上げられていく現金をこの目で見ています。1000万円を失うなんてすぐです。

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外人はつらいよ

2016年04月04日 · コメント(4) · 思いで

1970年代にアメリカのビジネスマンがThe Japan Timesに「Never the Twain」といコラムを連載していました。このコラムは日本語にも翻訳され、「外人はつらいよ」という本としても出版されています。作者はドン・マローニ(Don Maloney)さんで、そのユーモアが私にドンピシャで子供ころ夢中で読んだ記憶があります。

ふと思って作者がどうしているか調べてみました。しかし1928年生まれのマローニさんは残念ながら2007年にフロリダで亡くなっていました。死去直後にある新聞に追悼記事があったのですが、こんなエピソードが紹介されています。

毎回診察にいくと医者が「調子はどうですか」と同じ事を聞くので、絶対に医師が聞いたことがない答えを用意して病院にいった。例えば「妻のセラが放射線を浴びている私が発する光が眩しくて夜眠れない、とぼやくんですよ」

外人はつらいよでも次のような提案をしています。

多くの外人は日本語を学ぶために大金をつぎ込んでいるが、結局話せるようにはならない。そこでマローニ基金を設立するのでそこにその大切なお金を寄付してもらいたい。基金を利用し日本人に英語を学んでもらうのだ。さらにこの企画の素晴らしいのは、基金を使って皆さんが日本人に英語を教えることもできるので、出資したお金を回収できる点にある。

ちなみにマローニさん、日本滞在中のお隣さんは長嶋茂雄さんだったそうです。

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