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人生に無駄なし
by M.N
■ アマチュア物理学者を目指す
私は物理オタクであった。16歳のときにアインシュタインの相対性理論というものの存在を知り、これがきっかけでオタクになったのだ。何しろ相対性理論によれば、高速で走っている人の時間はゆっくりと進むとか、世界は四次元の空間に存在するらしい。

それにアインシュタインの風貌も私を魅了した。長髪でぼさぼさのヘアースタイル、鼻ひげにパイプ、そしてよれよれのセーター。彼がバイオリンを演奏すると聞けば、私もバイオリンを購入し、もちろんパイプだって口にくわえて散歩をしたこともある。18歳のときだ。だから大学、大学院にすすみ、理論物理を本格的に学んでいるときも、気分は立派な物理学者だった。しかしもちろん物理屋としての能力はアインシュタインには遠くおよばなかった。アインシュタインと同じレベルだったのはバイオリンの演奏くらいだ。(ちなみにある日本の数学者によれば、アインシュタインのバイオリンの演奏は、かなりひどかったらしい)

しかし二十歳前後の何年間か、私の「人生」をかけていた物理学である。自分の本当の能力に気がついたとしても、そう簡単に物理を捨てられるわけではない。そこで私はアマチュア物理学者になるべく、大学院を卒業しても就職もせずに物理の勉強を続けた。そして当時普及し始めたパソコンを購入し、「物理学者」の気分を味わっていたのだ。そのころパソコンはまだ個人で持つにはかなり高い買い物であったが、私にとってはパイプをくわえて歩くのと同じくらい、パソコンを持つということは重要なことだったのだ。

■ 論文集
物理学者は当然論文集を定期購読する。そして私も当時アメリカの物理雑誌「Physical Review D」という、一流の理論物理学者ならば必ず読んでいる雑誌を個人で定期購読していた。「個人」ということろが、今から思うとすごい。

しかしこれもファッションのようなものなのだ。自宅にパソコンがあり(ただしそのパソコンでは物理の難しい問題など解かず、円周率の計算程度にしか利用していなかった)、世界でもっとも難解な雑誌の一つである Physical Review Dが本棚には並んでいた。はたから見るとすごそうだ。でも物理屋としての能力はアインシュタインには遠く及ばない。このようなとき人は何をするかというと、人の仕事のデータを整理するのだ。自分で高度な論文を書けない代わりに、人の論文を整理するわけだ。これは私に限らず、二流、三流の人間ならば必ず通る道だ。

■ 論文の整理をするソフト
手元にはパソコンがある。論文集もある。でも物理屋としての能力はない。これで材料はすべてそろった。よし、他人様が書いた論文をパソコンで整理しよう!
はじめは論文を整理できるソフトを探した。データベースというのがその手のソフトだ。しかしデータベースソフトというのは論文のような文章を整理するためのものではなく、規則性のある住所録などを管理するように出来ている。だから論文を整理するにはワープロを使うしかなかった。

しかし、論文をワープロで整理するなんて、どう考えてもおかしい。探している論文を、ワープロで見つけるなんて出来やしない。しかたがないのでBASICというプログラミング言語を使って素人なりに論文を管理、データベース化することができるソフトウェアを自分で作ったりもした。私が物理学者を卒業して、「ソフトウェアエンジニア」として生まれ変わった瞬間だ!

■ 日報の管理
数年後、私はやっと理論物理学者としてアインシュタインを超えることが出来ないことを悟り始めていた。何故かというと、不思議と物理学者で大成功を収めているのは、25歳前に大きな仕事をしている連中だからだ。そのとき私は24歳。そろそろ現実を直視し始めたのだった。

しかし一方で、ソフトウェアの開発者としては少しずつではあるが成長しつつあった。そしてソフト開発を物理学と同じように楽しみ始めていたのだ。まず「直子の代筆」という質問に答えると手紙が自動的に作成される商品を作った。これがパッケージソフトとして販売され、それがきっかけで会社も興したのだ。

今から思うと当時のテグレット技術開発というのは子供の遊びの延長のような会社であった。仕事場は私の「研究室」でもあった自宅の勉強部屋。ファックスも電話と切り替えで、昼休みはパソコンを使ってフロッピーディスクのコピー。そう、自宅は「直子の代筆」の生産現場でもあったのだ。ちなみに当時のソフトウェアはCD−ROMではなく、フロッピーディスクで提供されていたのだ。

そして当時はお客様からの電話での質問や問い合わせ、注文の記録などをノートに書きとめていた。日報というやつだ。しかしその後少しは業務のOA化もすすみ、日報をワープロで打ち込むようになった。

■ データベースソフトではだめだ!
しかしワープロで打ち込んでも、必要なときに必要なデータを探すのは日々難しくなっていった。何故かというと、日報は増え続けるからだ。いくらデータを電算化しても、目的のデータがみるからなくては何の意味もない。

そこである日私は「論文も日報も同じだ!以前自作した論文データベースソフトに手を加え、日報が管理できるソフトウェアを開発しよう!」そう思ったのだった。

そのソフトウェアの機能はこうだ。まず画面はワープロと同じようなもので、文書を自由に入力できる。外見はワープロソフトだ。データベースソフトであってはいけない。ここでデータベースソフトとは、「名刺管理」のように、一行目には名前を入れ、2行目には住所を、3行目には電話番号を・・・というようなものである。そう、データベースソフトのようにきちんとしたものでは日報は管理できない。ワープロソフトのように自由に何でも書き込めなくてはいけない!

■ 知子の情報
そして約3ヶ月のまさに不眠不休の結果、「知子の情報」という非定形データベースソフトが誕生した。自由にワープロのようにデータを入力でき、簡単にデータを検索できるソフトだ。

例えばこれを使うと「いろは商事の鈴木さん」に関連した日報を探すと、瞬時に「いろは商事」と「鈴木」という文字が含まれる日報が画面に表示される。そう、今でいうインターネットの検索エンジンと同じようなものだ。唯一違うのは、探し出された文書を表示すると、それがブラウザの画面ではなく、ワープロの画面になっているということだ。

この商品はその後テグレット技術開発の日報だけでなく、規則性のない情報を管理する唯一のソフトウェアとして、いまだに活躍している。

■ その後の展開
知子の情報はその後約20万本を出荷し、数多くのユーザーにより育てられてきた。例えば「市ジャンプ」という機能がある。これは市川さんという方が提案した文書編集機能の一つだ。KITという、新しい機能をソフトウェアに追加する技術も導入された。ちなみにKITとは「金さんが言ったら付いた」の頭文字で、金さんとは「遊び人の金さん」と呼ばれた、東大の研究者の愛称だ。今では似ている文章を高速で検索したり、Outlook Expressのメールを取り込んでデータベース化する機能をもったり、また携帯電話からPCに蓄えられている文書を探し出す機能も付いている。

■ ユニークなユーザー
知子の情報は不規則なデータを管理する、ちょうど脳の「外部記憶装置」のようなソフトである。だから法律を研究する人は判例やその解釈を知子の情報で管理している。そしてその情報を携帯電話からも検索できるから、日本中どこにいても、いつでも持ち歩いているようなものなのだ。

しかし私が一番感動したのは栃木県にある老舗旅館での利用法である。そこでは仲居さんがお客様を部屋に案内するのだが、当然そのときに会話がある。例えば「今日は還暦の祝いで旅行に来た」とか、「去年初孫が生まれた」とかだ。仲居さんはその情報を担当者に口頭で伝えると、「知子の情報」にデータを入力する。さて、数年後そのお客様が戻ってきたとしよう。仲居さんの外部記憶装置である「知子の情報」に以前の会話の内容を問い合わせてから部屋に案内するのだ。「お孫さんはもう2歳ですか?」もちろんこの言葉に彼らは驚き、感動し、翌年戻ってくる。

■ 私のデータ
私の知子の情報には約1万件のデータ(文書)が登録されている。10年以上にわたって私が書いた手紙、メール、見積もり、コラム、詫び状、ラブレター・・・・すべてがこの中に入っている。しかし物理の論文は1つも登録されていない。しかし一つ言いたいことがある。私がアマチュア物理学者を目指したことは、実は無駄になっているわけではないということだ。そう、人生にはきっと無駄なことなんて、少しもないのだ。



補足事項:当然この文章は知子の情報で書き、もちろんデータベース化されている。


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