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いなもと りゅう 著
小説「美穂の旅 今泉美穂の旅立ち」
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第一章

5月29日(日)
私は今泉美穂。30歳。OL。独身。

とにかくくだらない仕事での連夜の深夜残業は嫌に成る。女だって仕事をやりたいのに、男どもはマトモナ仕事はやらせない。資料作成のめんどうくさい仕事だけ回して来る。そろそろこの会社も潮時かな?

さて、今日は日曜日。ゆっくり休みたいところだけど、いとこのミホちゃんから呼び出し。入院している病院に行かねば・・・・それにしても眠い・・・。いつものように、チャカチャカっと化粧をすませ外出。お土産には、彼女の大好きなバラの花を買って行こう。

病室の前の廊下では、ミホちゃんの母親とばったり。
「おばさん。おはよう。今日はミホちゃんからメールをもらったの。大至急会いたいって。何の用かな?」

おばさんは、たぶん、昨夜もほとんど寝ていないのだろう。目を真っ赤に腫らしながら言った。
「わざわざありがとう。ミホは今、ちょうど起きたところ。よかったわ。」

病室に入るなり、ミホちゃんの明るいかわいい声が響いた。
「おねえちゃん。あたしの分身は、今名古屋だって。ほら、分身からのメール。今度はどんな人と出会えるかな?」

(分身からのメール)


名古屋に来ています。いろいろネタにされることが多い名古屋
ですが、やはり「名古屋」と言えば「金の鯱」でしょう。というわけ
で、これから名古屋城に向かいます。

 ところで道を聞いたところ、あの有名な「名古屋弁」なるものだっ
たので感動していたら、「なに言うとんさる。わっちは犬山のもんだ
で」と言われてしまいました。

 犬山は愛知県、名古屋も愛知県、似ているのかもしれません。
というわけで、ちょっとした試みです。これからのmailは、ご当地の
方言を使用しようと思います。

 もっとも「東京の人が、無理して大阪弁を真似たもんは耳障り」と
いう意見もございますとおり、どこまで真似できるやら……。

私もそのトーンに合わせるかのように、少し高めの調子で話をした。
「また"美穂の旅"ね。今度は国内旅行なの。分身ちゃんの名前は同じミホちゃんだったわよね。分身のミホちゃんも、本当のミホちゃんもとっても元気ね。」

ミホちゃんは生まれつき体が不自由で、ほとんどが寝たきりの生活。厳しい現実が10歳という小さい彼女にのしかかっている。体が不自由というだけでなく、風邪などの病気にも抵抗力が弱く、外出がほとんどできない状況にある。

そんな、この子の楽しみは、インターネット。お気に入りはバーチャル旅サイト"美穂の旅"。自分の分身が、世界を旅してくれる、素敵なサイトだそうだ。

「はい、ミホちゃん。バラの花よ。おとといもらったメールなのに、来るのが遅くなってごめんね。何の用事かな?」
手のチカラもあまり強くないミホちゃんが、一生懸命に寝たままの姿勢でキーボードを叩く姿勢は、いつも「頑張れ」と心の中で言っている。

「おねえちゃんに相談があるの。おととい、あたしの分身が木曽川で出会ったみほさんという人のことなの。みほさんは、MIHOの町を探しているの。とっても気になるメールなの。おねえちゃんも見て。」

私は、この"美穂の旅"に一度も参加したことはないし、一般的にどんなメールが交わされているかも知らない。でも明らかにちょっと変なメールだった。メールの内容は次のとおりだった。

「私はみほ。MIHOの町を探しています。連れて行ってください。カケガエノナイ人に伝えたいことがあるのです。」

私は直感的に、あぶないメールだと思った。
「変なメールね。まじめに扱わないほうがいいわよ。第一にMIHOの町なんてたぶんないだろうし、これじゃMIHOの町への行き方もわからないじゃない。無視した方がいいと思うな。」

しかし、ミホちゃんは懇願した。
「みほさんは、きっとカケガエノナイ人に何かを伝えたいの。でもMIHOの町に行かないと伝えることができないの。おねえちゃん、お願い。どうすれば良いか調べて。お願い。」

ミホちゃんは涙ぐんでいた。
「あたしは、この"美穂の旅"サイトが大好きなの。こんなあたしでも、世界中を旅することができて、いろいろな人に出会えて。出会った人たちから、世界や日本のことをいろいろ教えてもらったの。でもあたしは、こんな体だから・・・誰にも、何にも教えることができないの。何でもいいの・・・何かみんなの役に立ちたいの・・・」

私は声をなんとか絞り出した。
「わかったわよ・・・」

ミホちゃんの母親と話した。ミホちゃんの心臓が急激に弱ってきており、さらに厳しい現実が待ち受けていることを聞いてしまった。そして、ミホちゃん自身が、時間がないことを悟ってしまっていることの母親の苦悩も。私にはどうすることもできなかった。

 

第二章

5月27日(金)
僕は山本健二。35歳。銀行員。

生きることが辛いと思ったことは一度もなかった。少なくとも今日までは。
今日、妻を失った。一瞬の自動車事故だった。すべては僕のせいだった。言い訳が言えればこんなすくいはないだろう。

病院の遺体安置所には、僕の最愛の、そして僕のすべてが、横たわっていた。骨折だらけで傷だらけの僕の体は、すべての皮を剥いで、唐辛子の粉をまぶして、煮えたぎる熱湯をかけて欲しいと唸っていた。

こんなに、生きること、生き続けることより辛いことがこの世にあるなんて。
妻を心から愛していた。

4年前"美穂の旅"サイトで僕たちの分身は札幌で出会った。

(僕)
「はじめまして。札幌は僕が社会人一年生になった時の職場所在地。僕の第2の故郷と言ったところです。分身同士が出会えたのも何かの縁、札幌について語りませんか?」

(彼女)
「あたしもはじめまして。男性の方ですね。"美穂の旅"で男性の方とお会いするのは初めてです。ウキウキ。札幌は行ったことはないのです。分身がうらやましい。札幌はやっぱりラーメンですか?」

(僕)
「う〜ん。札幌のラーメンのことを書き出すと・・・僕の指先は止まらなくなる。覚悟してください。覚悟ついでに、札幌で一緒にラーメンでも食べましょう。」

数回のメール交換ののち、必然として本物の僕らも札幌で会った。そして、一瞬で恋に陥ちた。陥ちるだけではなかった。すべてが一つになった。

僕たちは永遠の愛を誓った。永遠の愛のためにMIHOの町という架空の都市を作った。将来、もし離れ離れになっても、必ずMIHOの町で待っていることを約束した。

こんなに早く離れ離れになってしまうなんて。僕は、妻のアドレスとパスワードを使って"美穂の旅"を開いた。そして、静かに妻を旅立たせた。

行ってらっしゃい。
第三章

5月30日(月)
私は今泉美穂。

私には意味がわからならなかった。サイト"美穂の旅"もやったことがなかったし、みほさんという人が何者で、彼女にMIHOの町に行くことを誘ったことも、怪しいいたずらとしか思えなかった。

「もしいたずらだったら、病床のあんないたいけな女の子に、本当にひどいことをする。とっちめてやろう。」
私は、会社を早退。サイトの運営会社である、テグレット技術開発なる会社に直接赴いた。

「ごめんください。」

「はいー。」

中から、目が澄んでいてかわいい感じの男性があらわれた。社長の野手さんだった。
「何でしょう。」

私は一部始終を説明し、いたずらである想定も含め、どう対応すれば良いかアドバイスをもらうことにした。野手さんは丁寧に説明してくれた。
「わかりました。そもそもMIHOの町なんてプログラミングされていませんので、意味不明の話ですね。とりあえず、その"みほさん"とミホちゃんのメールの記録を確認し、いたづらの可能性があれば、発信者を確認してみます。少しお時間いただけますか?」

安心して、ミホちゃんの病院に向かった。
「ミホちゃん、こんにちは。おねえちゃんよ。この間のMIHOの町のことで、今日、サイトの運営会社に行ってきたよ。」

「おねえちゃん。ありがとう。MIHOの町って本当にあるの?」
ミホちゃんは喜んだ。

「わからない。ミホちゃんが"みほさん"のお願いに、一生懸命になっていることだけはちゃんと伝えようね。」

「・・・・・・」
ミホちゃんは、小さくうなずいた。

私の携帯が鳴った。テグレット社の野手社長からだった。
「メールのアドレスから、発信者がわかりました。サイト"美穂の旅"で知り合われたご夫婦の奥さんの方です。私も結婚式に招待され、以降交流を持っておりまして、とても良い方々ですよ。私の方から、今回の事情を聞いておきます。」

「ありがとうございます。」
私はすぐに一件略着するものと思った。すぐにミホちゃんにも言った。

「みほさんって、誰だかわかったみたいだよ。ミホちゃんに替わって、おねえちゃんが会ってきてあげる。」

ミホちゃんはすこし困惑した。
「・・・・・みほさんには会えないと思う。あたしにはわかる・・・・」

また携帯が鳴った。野手社長からだった。
「すいません。ご自宅に電話にでたので聞いてみたのですが、意味不明で・・・・。ただ、今までのことを説明したら、どうしてもミホちゃんに会いたいって言うんです。ミホちゃんは無理だから、今泉さん、一緒にみほさんのご自宅まで行ってもらえませんか。」

私は同行することを了解した。



第四章

5月31日(火)
私は今泉美穂。

今日も仕事を6時切り上げ。周りの目を気にしながらの退社。
みほさんの自宅は、練馬区のアパートだった。
「ごめんください。テグレットの野手です。ご無沙汰しています。先ほどお話した、今泉さんも一緒です。」

「今泉です。はじめまして・・・・・」
鈍感な私でさえも、これ以上のない重い空気を感じ取とれた。

ご主人の出で立ちは、浮浪者そのものだった。
髪の毛は使い古した歯ブラシのように、ひげづらの顔は凶悪犯のように、ただ真っ赤にはらした目だけは鋭く、私たちを睨みつけていた。
「みほからメールを受け取ったんですね。」

私は怖かった。きっとみほさんと離婚して、大騒ぎの真っ最中に違いない。
「あの、私じゃなくて、私のいとこですけど。」

「いつですか?」
男は静かに言った。

「5月27日です」
突然、男が絶叫した。言葉ではなかった。完全に狂っていた。
野手社長が私をかばいながら、
「山本さん。どうしたんですか。何があったんですか?」

「みほなんです。間違いない。みほが、生きているんです。"美穂の旅"の中で生きているんです。僕にはわるんです。みほは、死ぬ間際の最後のチカラを振り絞って、ふたりの思い出のサイト、美穂の旅に留まってくれているんだ。早く、早く、早く会いに行かなければ、ミホは行ってしまう。どうすればいいんですか。野手さん!僕はどうすればいいんですか。どうすれば、みほに会えるんですか。」

私は、もちろん事情は飲み込みこんでいなかった。でも事情なんてどうでもよかった。熱い何かが体をハシッタ。

第五章

5月31日(火)
私は今泉美穂。

その晩、野手社長ともう一度考えてみた。
私の単純な発想をぶつけてみた。
「MIHOの町をプログラムで作っちゃえばいいんじゃないですか?」

野手社長は、しばらく間を置いてから話し出した。
「そんな簡単な解決策では無理があります。第一、美穂の旅のコンセプトはバーチャルの中でリアルを体験しようというもの。バーチャルの中に、バーチャルを作っても、意味がない。それは、みほさんの言っている"MIHOの町"ではないはず。"MIHOの町"はバーチャルの中に存在するリアルな町のはずです。」

その時、また携帯が鳴った。ミホちゃんの母からだった。泣いていた。
「大変なの。ミホの容態が急変して。もう意識はないの。先生も、もうダメだろうと・・・おねえちゃん、おねえちゃん、ってうわごとを言うの。お願い、すぐ来て欲しいの。」

ミホちゃんのベッドは、医者、看護婦、そして大きな医療機械に囲まれていた。ミホちゃんの母と目があった。お互い涙が止まらない。でも私は言った。
「まだ、あきらめないで。奇跡は起こる。絶対に。」

そして私は一人でつぶやいていた。
「私が奇跡を起こしてやる!」

「お・ね・え・ち・ゃ・ん」
ミホちゃんがほんの少し意識を回復し、ろうそくが燃え尽きるような小さな声でささやいた。
「あ・た・し・も・M・I・H・O・の・町・に・行・き・た・い。 あ・た・し・も・・・・」

私はとっさに何か良くないことを感じた。
「ダメ。MIHOの町に行きたいなんて考えちゃダメ。おねえちゃんが許さない。」

私は、ミホちゃんのパソコンを机からひったくって廊下に出た。"みほ"なる人間からのメールに対して返信を打ち出した。支離滅裂な内容だ。

「ミホちゃんを連れて行かないで。あなた一人でMIHOの町に行って頂戴。ミホちゃんを連れて行ったら、私は許さない。あなたも、あなたのご主人も呪ってやる。」

「お願い。みほさんとやら。ミホちゃんを助けて。あなたならできる・・・・。」

「ええい。みほ!どうしても誰かと行きたければ、私が一緒に行ってやる。私もMIHO、私は今泉美穂。私は美穂。これからも美穂。ずっと美穂。」

PICHでの接続。私は何のためらいもなく、送信キーを押した。
パソコンが光った。私は意識を失った。
第六章

5月31日(火)
私は今泉美穂

どれくらいたったのか、わからない。私は、廊下でしゃがんでいることに気が付いた。

ミホちゃんの病室は静かになっていた。最悪の事態になってしまったのだろうか?恐る恐る病室まで行った。ミホちゃんは寝ていた。ベッドの周りに看護婦さんたちは既にいない。医療機械も片付けられていた。

「おばさん。ミホちゃんは?」

「奇跡が起こったの。あなたが飛び出してから。ミホの意識が回復して、突然、もう大丈夫、心配しないで、って言い出したの。」

また、携帯がなった。みほさんの夫、山本さんからだった。また絶叫していた。何を言っているのかわらないほどだった。こんなことを言っているらしかった。

「妻からメールが来た。妻は今、MIHOの町にいる。僕をずっと待っていてくれる。僕の運命がまっとうされるまで。ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・」
私は、ありがとうと連呼する山本さんとの電話を途中で切って、野手社長に電話した。

「野手さん。何が起こったの。突然、パソコンが光ったの。」

「すみません。私にもわかりません。美穂の旅のサーバーは、うちの会社の中においてあるんだけど、突然、カミナリみたいな光線が襲ったんですよ。いや、もうびっくりですよ。」

私は、再びミホちゃんの病室に戻った。
最後に

私は今泉美穂

最後に、みほさんから?夫の山本さんへのメールを紹介します。
ちなみに、あたしも、今日美穂の旅に登録、旅立ちます。登録名は秘密です。
それじゃ。行ってきま〜す。


カケガエノナイあなたへ

私にとってあなたはカケガエノナイ人。
私はわかっています。あの事故の時、突然対抗車線から車が飛び出してきた時、あなたが身を呈して守ってくれようとしたこと。私に覆い被さってきて、命をかけて守ってくれようとしたこと。ごめんなさい。そこまでしてくれたのに、私は・・・・。

でも、私も頑張りました。あなたと離れたくない。体から何かが抜けてしまう時、何かにすがったのです。気が付いたら、サイト"美穂の旅"の中にいました。あなたと初めて出会い、ともに旅をし、愛し合った私たちの原点です。誰も私たちを完全には引き裂くことなんてできない。

MIHOの町。ここで、あなたを待ちます。ずっと。ここへ来ることを急がないで下さい。一人でなくてもいいのです。あなたは、またあなたの家族を作ってください。愛する奥さんに愛する子供たち。私は平気です。あなたの幸せは私の幸せだから。

あなたに会えると信じて。

みほ。

(C)いなもと りゅう

この小説は「いなもと りゅう」さん作の小説です。
小説の題材としてバーチャル旅行サイトの「美穂の旅」が使われています。
モチーフは一部実話を元にしていますが、内容はもちろんフィクションです。
これが作者の初めての小説発表となります。感想・御意見などを是非お寄せ下さいとの事です。

作者からのメッセージ:
「美穂の旅の熱烈なファンとして、”美穂の旅”サイトのドラマ性にいつも注目しており、この小説を書いてみました。
ご一読いただけると大変うれしいです。よろしくお願いいたします。」

感想・御意見はku@teglet.co.jpまでお寄せ下さい。


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